咲くように(関西学院大学 社会学部卒) | 東進ハイスクールたまプラーザ校|神奈川県

ブログ

2017年 1月 12日 咲くように(関西学院大学 社会学部卒)

こんにちは。社員の二田です。

受験生応援ブログリレーということで、メッセージをお伝えする場を頂きました。

長めの記事になりますが、息抜きにでもおつきあいください。

 

センター目前のこの時期、不安や焦りを抱えていない人などいないのではないか、と思います。

もう何年も前のことになりますが、私も直前期は不安でした。多分、不安だったはずです。

というのも、受験直前期のことは、実感としてはっきり記憶に残っていないのです。

春から秋にかけての期間にやっていたことは、こと細かに思い出せるのですが。

 

思い出すといえば、第一志望の合格発表の日だけは、これまでの人生で一番鮮やかに記憶に残っています。 

受かっている自信が無くて発表時間を過ぎても結果を見ようとしなかったこと、

思いがけず自分の番号を見つけて叫び声をあげたこと、

母親が自分のことのように泣いて喜んだこと、……

……思えば、直前期の辛さは、合格発表の日の記憶に全て塗り潰されてしまったのでしょう。

 それくらい、忘れられない一瞬となりました。

 

では、あの時私があれだけ感動したのは

生涯忘れられない日になったのは

「合格したから」という結果によってのみもたらされたものなのか?

 

違う、と、私自身の経験に関してはそう思います。

受験生のみなさんにとっては、合格が、結果が全て、かもしれません。

ただどうか、そこからはちょっと離れた視点でも、自分のことを評価出来るかも、と思ってほしいんです。

 

私にとって、社会に出てからは学生時代とは比べ物にならないくらいの厳しい試練がありました。

責任の重さに手が震えたり、電池切れして寝込んだことも一度や二度ではありません。

それでもどこかで心の支えになったのは

「私はあんだけ死ぬ気で努力出来る人間なんや」

という自負でした。

「私は関西学院大学に受かった人間なんや」

ではありません。

 

長い受験生活、今までやってきたことを振り返ってみてください。

休みたいのを我慢して力を振り絞ったことが、

思うように出ない点数に涙しながら復習したことが、

難しい問題に悪戦苦闘したことがあったでしょう。

「自分はあれだけやったんだ」と思えたら、そして、それに熱い感慨を感じることが出来たら。

いつかもっと過酷な試練に直面したとき、支えになるのはその矜持かもしれません。

 

 

怖いわなあ。不安やんなあ。

できてもでけんでもかめへん、頑張ったんやろ?全力出してき!

校舎で待っとうで!!

社員 二田菜摘